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知夫村で生まれ育ち、高校からは島を出て20代まで本土で生活していました。  島に戻ってからは知夫村役場の教育委員会で教育関連のみならず、地域イベントなどの仕事も行い、現在は地域振興課の課長をしています。  ​

知夫村で生まれ育ち、高校からは島を出て20代まで本土で生活していました。

島に戻ってからは知夫村役場の教育委員会で教育関連のみならず、地域イベントなどの仕事も行い、現在は地域振興課の課長をしています。

地域振興課での主な業務は観光、商工、定住サポートです。また結婚相談等も行っています。YADDO知夫里島も役場という点からサポートして、知夫村で生活する人が気持ちよく過ごせるような環境作りを行い、島を支える取り組みをしています。

都会とは違う、

人口600人のコミュニケーション

高校から島を出たとお聞きしましたが、知夫村にはどのような経緯で戻ってきたのですか?

渡辺:私はこの島で生まれ育ち、高校からは隠岐の別の島に行って、その後本土へ出ました。仕事は大阪で運送業、松江では営業を経験してきました。

帰ってくるきっかけは、知夫村に住んでいる叔母から「そろそろ帰って来んかね。」と言われたからだったんです。都会の生活をある程度満足できるまで経験したので、叔母の勧めで知夫村役場に転職して、家族4人で移住してきました。大阪から松江、そのあと知夫村と、少しずつ田舎に戻って行ったので、家族も慣れやすかったのかもしれませんね。

知夫村で生まれ育ち、高校からは島を出て20代まで本土で生活していました。  島に戻ってからは知夫村役場の教育委員会で教育関連のみならず、地域イベントなどの仕事も行い、現在は地域振興課の課長をしています。  ​

知夫村に帰って来た当時、知夫村役場で本土との違いを感じましたか?

渡辺:技術の進み具合が違うと感じました。松江で勤めていた企業はすごく先進的で、情報管理などはすべてコンピューターで行っていたんです。帰ってきた当時の知夫村役場ではまだワープロを使っていて在庫管理なども紙だったので、50年遅れてるなと感じました。

私は最初に教育委員会に配属されたのですが、小さな島なので教育委員会とは言っても、学校に関する業務だけでなく、社会教育課も担当していて、交流イベントの企画など、かなり島らしいこともしましたね。島民と合同で出店して、村の人が主体となって開催していました。例えば夏休みには海でキャンプをしたり、私自身も魚介類を焼いて売るといったイベントを主催したりもしましたね。本土ではこのようなことは少ないと思いますが、村ではよくあることなんです。

村の交流が活発のように感じますが、島でのコミュニケーションは都会とは違いますか?

渡辺:仕事を通して人と接する時に、特に違いを感じます。この島は人口600人しかいないので、大体皆さんの顔がわかるんですよね。都会の場合、一度会ったらもう顔を合わせることも無いので、クレーマー問題も発生すると思うんですけど、この島では必ずまたどこかで会いますからね。人口が少なくてお互いの顔が知れてるからこそ、体制や対応に不満があって役場に駆け込んで来たとしても、あまりにも突拍子のないようなことは言われないんです。小さな村でのコミュニケーションの取り方、人間関係の作り方は、島と都会ではちょっと違うんだなって気が付きました。

知夫村で生まれ育ち、高校からは島を出て20代まで本土で生活していました。  島に戻ってからは知夫村役場の教育委員会で教育関連のみならず、地域イベントなどの仕事も行い、現在は地域振興課の課長をしています。  ​

村の人が気持ちよく暮らせるように努めています

ご近所さんとの交流が、楽しい田舎ライフを作る

都会と比べて、島の生活に違いはありますか?

 

渡辺:幅広い年代や様々な職種の人と話す機会が多いことだと思います。おじいちゃんおばあちゃんや若い人、漁師や牛飼い、農家、民宿をやられている方など…いろんな人がいます。都会の生活のように家と会社との行き来だけだと、ある程度話す人が限られてくると思うのですが、この島では日常的にご近所の人とも関わることが多いんです。

知夫村の日常では、どのような楽しみがありますか?

渡辺:私的には魚釣りが楽しみです。船を出して釣りに行くこともありますし、歩いて海辺まで行って防波堤から釣ることもあります。この島では割と大きい魚が釣れるんですよ。村の人と一緒に船で出た時には、魚の大きさを競い合ったりするのが楽しいんです。

新しく知夫村に来られた方も、魚が釣れたらお裾分けしつつ、捌いてもらったりすると、ご近所付き合いが上手にできるようになると思いますよ。

そうしたら「代わりに、このわらびやるわー」とか言って物々交換もできたりするんです。こうした小さなコミュニケーションから、村の人との繋がりは生まれてきます。ご近所の人とうまく付き合えると、田舎ライフがより楽しいものになるかもしれませんよ。

知夫村暮らしを楽しむための移住サポートは、どのようなことを行っていますか?

渡辺:知夫里島では体験移住も行っています。2,3 日の滞在の中で、初めて島に来る人が楽しいと感じるには「何を体験して貰えばいいか」「誰に会わせたらいいか」を検討します。実際に移住を希望する人が来たら、島の案内と説明をしたりします。体験ツアーで島を知ってもらってから、「ここに来てみませんか?」と声をかけるんです。この島の生活に向き不向きはあるとは思いますが嬉しいことに、参加した人の半数以上が移住を決めてくれているんですよ。

 

あなたに向いている職場をサポートします

地域振興課では、どのようなことをされているのですか?

渡辺:地域振興課は島の産業を発展させるべく、観光や農林水産、畜産、漁業を扱っています。その中でもメインは畜産と漁業ですね。私は課長を務めているので、広く対応しながら、村の皆さんが気持ちよく働いてもらえるような環境作りを大切にしています。人材の獲得もその一環になりますね。

知夫村で生まれ育ち、高校からは島を出て20代まで本土で生活していました。  島に戻ってからは知夫村役場の教育委員会で教育関連のみならず、地域イベントなどの仕事も行い、現在は地域振興課の課長をしています。  ​

新しく村に来た人が気持ちよく働けるようにしていることはありますか?

渡辺:移住された本人と職場とのマッチングを意識しています。知夫村での仕事の種類はある程度限られているのですが、向いていることや得意なことを活かせるように働いてもらえたら良いなと思っています。

「体力には自信があります!」「接客業は苦手です…。」「内向的な性格なので中の仕事がいいです。」というような仕事への適性を面接の中で引き出して、その人その人に合う職場を見つけられたら、気持ちよく働いてもらえると思うんです。

ただこの島にも必要な仕事はあるので、全員が好き嫌いで仕事を選べるわけではありませんよ。例えば島にとって船は重要な役割を担っているので、こうしたインフラのお仕事をお願いすることもあります。

移住してきた場合、知夫村ではどのような働き方ができますか?

渡辺:小さな島なので専門的に仕事するというよりは、例えば広報もしながら草刈りや漁業に携わってもらったりなど、初めはいろんなことを経験してもらうと思います。マルチワークをするのは苦手だと感じる方もいるかもしれませんが、様々な人との交流で新たな道が開けたりすることもあると思うんですよ。

困った時は手助けするから、

安心してやってみて欲しい

課長として、これからの地域振興課はどのようにしていきたいですか?

渡辺:今までは地元の人達が、移住者の受け入れ体制を作ることに一生懸命だったんです。私も来てくれた人のサポート等に専念していたんですけど、今度はそうした仕組みを次の世代に受け継いで行かなければと思っています。そのため私が前に立って引っ張っていくというより、引き気味で業務を進めるようにしています。今は30、40代の方々が受け入れサポートなど、いろいろなことを主体的にやってもらえればな、と考えています。

知夫村での働き方で伝えたいことはありますか?

渡辺:とりあえず何でもやってみて、経験することが大切だと思うんですよ。上手くいくこともあるだろうし、もちろん失敗してもいいんです。島では人と人とで助け合うことが多いので、困った時には周りに助けを求めるのが一番ですよ。私ももちろん「こうしたら良いんじゃない」とか「この島ではあの人が詳しいから、相談してみてね」というようにアドバイスします。

知夫村で生まれ育ち、高校からは島を出て20代まで本土で生活していました。  島に戻ってからは知夫村役場の教育委員会で教育関連のみならず、地域イベントなどの仕事も行い、現在は地域振興課の課長をしています。  ​

これから知夫村で生活を始める人が、心に留めておいた方が良いことがあれば、教えてください。

渡辺:やっぱり島暮らしを楽しみつつ、失敗を恐れずに色々挑戦してみてほしいです。それに若い人の挑戦や視点が私たちにとっても勉強になるんですよ。年を取るにつれて考え方も固まっていってしまったりするので、若者の姿を見ると「そういう目線もあるんだね」とか「ああ~なるほど」と教えてもらえることもたくさんあるんです。

島に来てすぐや1、2年では、自分に合う事が見つからないかもしれないけれど、異業種との関わりや経験の中で「ここに就職してみたいな」とか「人生の経験になるな」という分野が見つかれば、その道を進んでみれば良いと思うんです。それで知夫に住み続けてくれれば嬉しいですね。

また失敗した時にサポートするのが私の役目ですから、安心していろんなことに挑戦していって欲しいです。何もない小さな島なので最初は難しいと思いますけど、一度やってしまえば、その後の要領もだんだんとわかってくると思います。だから安心して知夫に来てくださいね。

知夫村で生まれ育ち、高校からは島を出て20代まで本土で生活していました。  島に戻ってからは知夫村役場の教育委員会で教育関連のみならず、地域イベントなどの仕事も行い、現在は地域振興課の課長をしています。  ​
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